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カンタレラー第1夜 野薔薇姫




とある王国を牛耳る程の名家があった。
巨大な屋敷には、姓をアリスと名乗る一家の長女、美しい令嬢が一人いた。名は、ノバラ。
遠い東の国で呼ばれる、母の一番好きな花の呼び名から、それは付いた。
実際ノバラは、名に恥じぬ高潔さ、美しさを兼ね備えていた。そして、優しさも。
「ノバラお嬢様、朝食の時間です」
栗色の髪をメイドキャップに潜め、ハウスメイドのミカンが呼びに来る。
「―はい」
名残惜しげ、という程でもないが、ゆっくりと彼女は起きた。薄い水色の髪が寝乱れ、あちこち撥ねていた。
それでも失われない美貌は、彼女が¨本物の令嬢¨であることを現している。
「ミカンちゃん、あの―」
「¨ミカン¨とお呼び下さい。お嬢様」
かつての親友は、現在の己に在る立場をわきまえていた。故に、壁を作った。それが彼女を守ると、分かっていたからだ。


アリス伯爵夫婦が亡くなったのは、五年前年前。ノバラが九歳の時だった。火事だった。
本来なら親戚家へ引き取られるはずだった彼女は、普段は見せない芯の強さを現し、言った。
「私は、この屋敷から離れるつもりはありません」
根負けした親戚達によって、一寸違わず再建されたアリス邸。そこに少女は、僅かな使用人―かつての友人達と暮らしていた。


「あ…おはようございます、お嬢様」
身仕度を終えた主の来訪に、メイド長のホタルが挨拶をする。隣りで兎を抱えた少年、ルカも会釈で返した。
「おはよう、みんな」
壁は高く、分厚い。それでも、思う。その壁が有る限り、彼女達と自分の絆は、途切れていないのだと。
「朝食の準備が整っております。こちらに」
開かれた扉。室内は、豪勢な中にも感じる品の良さ。それを醸し出す装飾、家具の中に。彼は、いた。
「―おハヨ」
「おはよう、ナツメ君」
彼女は、やっと心から、微笑んだ。





ノバラが朝食を食べ終え部屋に戻った後、きれいに空けられた皿を片付けながら、ミカンは呟く。
「ノバラちゃん、今日も泣いとったよ」
カートに次々と食器を重ね嘆息する姿を、部屋の掃除をしつつ見るは、ナツメと呼ばれた少年。
「きっとまた、あの日の夢を見ていたんよ」
「……」
そうか、ともなんとも、答えない。
それが答えに窮してるとわかっている。わかっていても、幼馴染に少女は内心をさらけ出さなければ、やっていられない。
「ウチらは、ノバラちゃんをちゃんと支えてあげられているやろうか」
「…さあな」
返事は冷たい。眉根をひそめて振り返れば、ナツメは窓の外を見ていた。
外門を通過して歩いてくる、黒塗りの馬車。中にいる男は主人を狙う毒蜘蛛だ。
「それでも、ここにいないよりはましだろう」
いつもと同じ結論に収束し、使用人二人は仕事に戻る。





真っ白なドレスがノバラは好きだ。それは己の流れるような銀髪と相俟って、修道女のような高潔さをあらわす。
それに対比した、聖処女性という危うさも。舐めるように少女の横顔を見ながら、青年は思う。
「……クオン様、何か?」
本に目を落としていた彼女はその蒼の瞳を、こちらに向けて小首をかしげる。
「いや、綺麗だな、と思ってな」
それを、お世辞がうまいんですね、と小さく笑って受け流す、その表情はすぐに凪ぐ。
青年の名は、セリオ=クオン。
漆黒の髪と頬に十字の入れ墨、闇色の瞳が怖気を誘うが、それを打ち消して余りある美貌を持つ。
ノバラは他者を容姿の愁眉で判別する気はないが、たしかにきれいだなと思う。
自分の使用人、そして親友の余人の中で特に美しい容貌の少女、ホタルと比べてみる。
彼女のそれはガラス細工のように繊細だが、人間らしいぬくもりがあった。
けれど彼の美しさは、違う。同じ細工でも、金属の硬質と冷たさがある。もっといえば、作り物くさかった。
『どうでもいいけれど』
と口の中で呟く。彼との結婚はノバラの義務であり、定めなのだ。
没落したアリス家、その直系の血を存続するためセリオが婿に来た、というのが建前。
本質的にはノバラが嫁ぐのだ、クオン家へ。そうすればクオンはノバラと、ノバラの両親が彼女に残した財産を手にできる。
『お父さんとお母さんのお金がほしいなら、使えばいい』
ノバラに物欲はない。同年代の少女たちのように、やれ香水だの流行の服だのと、買いあさる趣味もない。
その代わり、この婚姻を進める叔父にノバラは言った。
『一つだけ、条件を』
「……お二人とも、御紅茶の御代りはいかがですか?」
呼ばれ目線をあげれば、前述の使用人4人組において、きっての美少女ホタルが立っていた。
「私は結構。ノバラ様は?」
「…あ、いただきますわ」
はい、と目を伏せ、茶を注ぐ紫水晶の瞳。きれいだ、と思う。
ルカの空色も、ミカンの栗色も、ナツメの火のような紅蓮の色も。すべて、愛おしい。
ノバラは、彼女達を使用人として傍に置き、生涯つなぎとめることを望んだのだ。
両親が健在の頃、外の世界を教えてくれた、友たちを。




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