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Ⅲrd  迷子

憧れ→








                          永遠に届かない










嫌な汗をかいた、寝起きに体が湿った感覚は不愉快でしかない。小泉ルナはため息をついてから、シャワーを浴びにベッドからはい出た。
身支度を整え、鏡を確認する。ワインレッドの髪は肩口で跳ね、化粧は薄いナチュラルなもの。びしっとしたスーツスタイルは、さながら美人秘書を連想させる。けれど彼女の現在の職務は秘書ではない。
自室を出、手ぶらのまま屋敷の奥へと向かう。最上階の深部、限られた者しか入れないその部屋に、彼女の『教え子』は住んでいた。
がちゃり、と扉を開ける。と、腰のあたりに衝撃と、無邪気な笑い声。
「おはよー、ルナちゃん!」
にこり、とこちらを見上げる栗毛の少女を見やり、一拍おいて彼女も微笑み返す。
「おはよう、蜜柑。ちゃんと宿題はやった?」
勿論、と胸を張る少女の頭を、ルナは柔らかく撫でやった。

小泉ルナは久遠寺蜜柑の世話を、8年前から担当している。といっても、実質の身の回りの面倒は使用人が看ているし、彼女自身も裏部隊の仕事がいまだに時折はあるので、常にそばにいるわけにはいかなかった。けれど、どうしても蜜柑の生活に関わっていたい、という彼女自身の強い希望により、毎日朝から夕方にかけて、家庭教師を担当している。対外的には成績優秀者を育成する名門学園として名の通るアリス学園を、高等部まで卒業しているため教職免許は難なく取れた。そして、少女が2歳を迎えた誕生日、その日から彼女の面倒を見ている。蜜柑自身も、幼いころからなにかと面倒を見てくれる女性になついているようで、それをうれしく――――――そして、気持ち悪い、とも思った。
「今日は漢字のテストをするわよ」
「はーい!」
蜜柑の学力は高い。父に褒められるのがうれしいのだと、かつて無邪気に言った少女の笑顔を思い返す。
年のずいぶんと離れた父が、自分の部屋に訪れた時、輝かんばかりに咲くその笑顔は、見るたびにルナの胸中をしめつける。きしむ脳裏に浮かぶ、よく似た笑顔は彼女の母のもので。
届かなくて、それが悲しかったから壊した親友の笑顔で。

ぱたり、と教材を閉じる。夕焼けが赤く部屋を、そして机に突っ伏し眠る少女のほほを照らしていた。
「ベッドに寝かせて頂戴」と控えていた侍女役の女性たちに命じ、
「あとは、お願いね」と別の位置に控えた少年に頼んだ。
両者は小さくうなずき、各々に動き始める。それを尻目に彼女は、仕事場を後にする。
その足はまっすぐ自室には向かわず、少女の部屋から丁度正反対の位置にある部屋を訪れた。
少女の部屋には侍女とお付きの少年がいたが、彼女が今立つ扉の前には、屈強な男が二人。
彼らはルナの顔を見るなり敬礼をし、迅速に開門した。
ギイ、という重たい音は、彼女自身のココロが鳴らしているようだった。

部屋の中には侍女と若い男、そして、長い栗色の髪をたらし眠る、若い女が寝台に横たわっていた。
「…柚香、調子はどう?」
彼女は答えない。胸の上で重ねた手は異様に細く、頬はこけていた。閉ざした瞳は、開いても色も光も宿さないことを、部屋にいる全員が知っていた。
「蜜柑のことは、私が守るから。ゆっくり、休んでね」
かつてとめどなく涙を流した目は乾いている。それは彼女の内面の枯渇を如実に示していた。
「また来るわ。蜜柑の写真も持ってくるから」
足早に、部屋を去る。いつもそうだ。長くても5分以上居れた試しがない。

『届かないのが怖くて、また目をそむけているだけだろう?』


いつかの言葉に、未だ返事を見いだせないでいる。
壊れた憧憬だった親友、その子供は何も知らずに自分を慕い、未だ己が心は憎むべき男を捨てきれないでいる。
3つの扉、自分の帰る場所。自室に入り寝台に入ってすら、安堵は得られず。帰りたいという欲求が募るばかりで。
「帰る場所が、見つからないの」


予告通り、別作品を先に更新させていただきました。
『崩壊』シリーズ、第三話『迷子』になります。小泉ルナさんは結構好きなキャラです、26~27歳くらいの女性って一番きれいだと思うんですよね。少女と女性の成長点、それを今まさに踏み越えようとするアンバランスな感覚。そんな意味も込めて中題を、『迷子』にしてみました。彼女が『家』に帰れるかどうか、見届けてくださればうれしく思います。


『崩壊』目次はこちらです。
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