スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第二十八幕 想イ出・5 少女ノ名



宵の深い闇を、三人の子供達が駆け抜ける。
正確には、その中の一人の少女は、赤い目の少年に背負われていた。そのさらに前を行く金髪の少年が懐中電灯を構え、先を照らす。
木陰を抜けると、すでに戻っていた棗達のペアだった少女らやクラスメイト、担任の女教師が集まっていた。
「あら、日向君たち遅いわよ~?中田さんたちは先に帰ってたのに~」
穏やかな気性と間延びした口調で親しまれる担任教師は、ふと教え子の背負うものに目をやる。
「あら……かわいい犬ねえ」
そう笑い、ためらいなくその『犬』の緑がかった黒い毛並を撫でる。
目を細めて『犬』はそれを払いもせず享受する。
「森の奥で、けがしてて。部屋で手当てしてあげてもいいですか?」
「あらあら、さすが動物好きの乃木くんね~、特別よ~?」
ほのぼのと許可をもらい、ほっと一息つく少年二人。その背中で背負われたまま『犬』も安堵したように一息ついていた。

旅館の手配された部屋に着き、ようやっと少女は棗の背中から降ろされた。ぺたり、と畳に座り伸びをした後、右手を一振りし、にこりと笑う。
「うまくいったね、るかのさくせん!」
「作戦、ってほどのもんじゃないけどね」
空笑いを浮かべながらルカは、先刻の教師との会話と、彼女らのもとに帰る前の会話を思い返す。

少女が泣き止み、棗がその頭を撫でているのをほほえましく見守っていたルカだったが、ふと腕時計を見て驚愕した。
「棗!肝試しの終了時間を30分も過ぎてる!!」
現在9時半を回り、旅館へ生徒たちはもう帰り就寝するはずだった時刻。クラスメイト達を待たせているのも申し訳ないが、それ以上に問題が
「この子、どうしよう…」
担任教師や級友、旅館の従業員たちの目をごまかして連れ帰れる自信が、正直彼にはなかった。
それは彼の友人も同様だったようで、珍しく目を泳がせ悩んでいる。と、少女のいまだぐずりかけの、しかし澄んだ声が響いた。
「あたしのチカラをつかえばいいよ」
「へ?」
「いぬとかねことか、どーぶつにみえるよう『ごまかす』から。ここはもりだし、ひろってもおかしくないでしょ?」
なんでもないように告げる。たしかに、先刻見た彼女の能力(おそらく洗脳、操作系のもの)を用いればそういうことも可能だろう。
しかし、いくらなんでも修学旅行中に犬猫を拾い、あまつさえ旅館に連れ込むことなど許されるのだろうか?と一人ごちるルカに相方が、おい、と短く声をかける。
「いけるぞ、その作戦」
「え?でも…」
逡巡する彼に棗は、にやりと笑う――それは少しいたずらっぽい、まるで初めて屋上で話した時の別れ際を思い出させる笑い方。
「るーちゃんがいれば、な」

ルカの父親は地元の有力者、ゆえに乃木家はそれとなくではあるが市民から優遇されている。それは学校という公的空間でも如何なく発揮され、ある程度のわがままは黙認される――ルカの性分からわがままというわがままはほとんどないのだが――。そしてルカ自身の持つアリス…『動物フェロモン』。公に知れ渡るこの能力のおかげで、彼の動物愛護心が人万倍であることは周知の事実。
「そのおかげで今回こーやってわがままが通ったわけだし、少しは自分のアリス、好きになれたかな」
と、どこか照れたように笑う親友を横目で見やる棗は、『ついでにいうならお前のその(母性本能をくすぐる)容姿によるおねだりの威力ってのもあるんだがな』と思ったが黙っておくことにした。一方で『犬』として旅館への潜入に成功した少女は無邪気に笑っている。
「わたしもね!いままであんまりこのちから…ありす?すきじゃ、なかったの。でも、はじめてじぶんのためにつかって、しあわせになるためにも、これはつかえるんだって、うれしくなったよ!」
痛めつけられた彼女の四肢、その右手の小指には、中途で切れて結ばれた、薄緑に光る『糸』。これで担任級友旅館関係者、自分を『犬』だと認識しておくべき人々へその概念を刻み付けているらしい。「こゆびは『みらい』のゆびなんだよ~」とのたまいながら、少女はそれを結んでいた。ちなみに先ほど彼女が『操った(くった)』議員のように、半永久的に従属させておくべき人物への『糸』は、『だれにもみれないとこ』に隠しているらしい。彼女の舌足らずな説明や先ほどの光景を踏まえれば、彼女のその『糸』が彼女の生家を支えているのは一目瞭然なので、当然の処置であろう。
なんでもないことのように、少女はそれらのことを語った。けれど棗もルカも、もう『感情を隠すな』とは言わない。彼女が話して、整理をつけられればいい。これからの、『未来』のために。
「…そういや」
ふと、棗がつぶやく。
「おまえ、名前なんていうんだ?」
少女は二、三度瞠目し、それからどこかさびしそうに、笑った。
「…ない、よ」
彼女は生まれたそのときから、あの灰色の部屋に監禁されることが決定していた。理由はわからないが、おそらく戸籍を提出すれば後でアリスであることが発覚した時に、その用途がばれれば面倒だと思ったのだろう。幼稚園や小学校にも通えなかったのは、そのためだ。
「なまえも、そんなものどーぐにはいらないでしょうって、かあさまはいってた」
そう語る少女の背中は寂しげで、思わずルカは、背後から抱きしめていた。
「…だいじょうぶ。ぼくらが、きみを守るから」
「…るか」
ありがとう、と腕の中で繰り返す声は細く、震えているようだった。
その様を見やりながら、棗は何気なく、閉じていた部屋のカーテンを開ける。

「……っ」
こぼれた息にきづいてか、伏せていた顔を背後の二人も上げ、歓声を上げた。

蛍が、無数に飛んでいる沼地だった。季節は初夏、丁度シーズンだったようだ。
そして、その薄黄色い灯りに照らされる、一面に咲き乱れる百合の花。
白い花弁を悠然と広げ、堂々と咲き誇る無数のそれは、隣で窓ガラスに親友と並んで張り付き見惚れる少女に、似ている気がした。
「…お前」
ん?と小首をかしげてこちらを向く瞳が、蛍灯りに照らされて、きらめいて見える。
「名前、ねーなら。『ユリ』ってのは、どうだ」
花の名前を口にする、それも名づけのためだなんて棗の常の言動からは考えられず、自覚もある分少年は恥入りながらも、告げた。
「…ゆ、-り?」
少女の口調は(喋り慣れていないらしく)相変わらず舌足らずで、延ばし棒が付加される。
「ゆり、な」
「ゆー、り」
「ゆ、り」
「ゆーり!」
後半はもはや羞恥しながら花の名前を発する棗を面白がっての間違いのようで、
「…はいはい、お前は今日から『ユーリ』な」
溜息を吐きながら妥協してやった。
「…うん!あたし、ゆーり!」
勢いよくルカに向き直り、「るか、あたしゆーり!」とはしゃぐ少女…ユーリを見て、まあ、悪い気はしない少年であった。








…というわけで久々の更新でございます、学園アリス長編小説【YURI】。
前回の更新からおおむね三年ぶりという笑わせる事実はさておき、タイトルの意味がようやく出せました…。
ちなみに今回の蛍、沼、百合畑で泉鏡花先生の某作品を連想した方がいらっしゃったらお友達になってください。
好きなんです、夜叉ヶ池…。

☆目次を修正しました、今一度ご確認ください→。YURI目次 

今後はこんな感じに、コンスタントな更新を目指します。他作品も随時。
ユーリと少年たちの物語、最後まで見届けていただければ幸いに思います
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。